上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。




 「名物に美味いものなし」とはよく言ったもので、これについては経験的に大方あっているような気がしなくもない。
 せっかく頂いた旅の土産ながらも、またこれかとうんざりすることなど多いものだ。
  例えばあの浜松名物うなぎパイや京都の八ツ橋、東京や福岡のヒヨコなどなど。
 まあ、いずれも知名度が高く無難な土産の代表格で、貰いすぎて飽きてしまったせいもあるが、もし大好きだという方がいらしたら申し訳ない限りである。
 だから、ここはあくまで個人的な嗜好の話として断っておく。

 そうした傾向の中で、これだけは不思議と好きだというのも幾つかある。
 そのひとつが播州赤穂の名物“しほみ饅頭”だ。
  先日、これを頂き、久しぶりに味わった。
 この和菓子は実に抹茶と相性が良く、茶の渋みにほどよい塩味と淡い甘さが辛党を自認する私であっても目がない始末である。

 そうそう、しほみ饅頭を初めて口にしたのは、確か山口大学の名誉教授である松本徰夫先生の御自宅を訪ねた時のことであった。
  先生は火山地質学が専門で、若い頃には南極の越冬隊にも参加し活躍されていた方でいらっしゃる。
 それでいて芹洋子が歌い、ずいぶん昔にヒットした坊がつる讃歌の作詞者という、意外な一面も併せ持つ気さくな方なのである。
 あの九州中央を縦断する脊梁山脈、九重連山の頂を目指せば遥か麓の方から風にのり、正午を報じる坊がつる讃歌のオルゴールの音が響きわたる。
 この太古の火山活動で形成された山並みも、かの先生のフィールドであった。

 ハンマーを片手に石を打ち割っては、その真新しい割れ口をルーペでのぞき込む姿が昨日のことのように思い出される。
 こうして収集された石塊は、苔むした庭はおろか玄関から居間、そして書斎とオブジェのようにあちこちに転がっている。
「あっ、これ南極ね」
 そして傍に無造作に置かれた大きな塊の物語を、子供のような顔つきになり自慢げに話を続けるのである。

 ふとした瞬間嗅いだ匂いに懐かしさが呼び醒まされるように、当然ながら味覚についても無意識と刻みこまれるものがある
 玄武岩の硬く奥深い台地の中に封じ込められたタイムカプセル。
 そう、八百万年前の太古の植物化石を供に調査して以来疎遠になってしまったが、先生はいまも壮健なのだろうか。
 そうした記憶とともに、またひとつ“しほみ饅頭”を頬張るのである。


スポンサーサイト
2013.09.18 土産いろいろ
蜀咏悄+(30)_convert_20130823103537
京都銘菓 阿闍梨餅

 京都に出張した知人から土産を貰った。
 「ねえ、八つ橋と阿闍梨餅、どっちがいい」
 私は修学旅行以来、ことあるごとに貰う八つ橋には少々飽きていた。
 「阿闍梨餅」
 即答である。
 その知人は旅先からの鞄を開けると、手のひらにのるほどの小箱を差し出した。

蜀咏悄+(29)_convert_20130823103448
福岡銘菓 五十ニ萬石

 それから間もなくして、今度は里帰りの土産だと、またもやお菓子を貰った。
 今度も同じくらいの小箱で、“五十ニ萬石”の最中だった。
 巴藤の紋は筑前黒田家の博多土産。

 「ありがとう」
 とりあえずお礼を云い、私もリユックをグルグルまさぐりお返しを取り出す。
 あったあった、長崎名物と云えばカステラ。
 しかしふんわりとした生地は、衣類の奥で見事に潰れてしまっていた。
 「ごめんなさい・・・」
 申し訳ない顔を尻目に、その女性は笑顔で応えてくれた。
 「うん、美味しさには変わりはなかばい」

DSC02310_convert_20130314090816.jpg

 子供の頃によく与えられたせいか、大人になった現在では全く見向きもしなくなったお菓子がある。
 その頃のものはと言えば、味はただ甘いだけの単調なものが多かったような気がする。
 それでも、そうしたものしかないのでというか、知らないので飽きずに頬ばるより仕方ないのである。

 例えばよくもらうお土産の代表格には“ひよこ”がある。
 そのつぶらな瞳で頭を少し傾げ、手のひらにちょこんとのっかる愛らしい姿は、食べるのを躊躇わされたものだが、今でも博多のキヨスクや福岡空港でよく見かけ健在そのものである。
 だが、てっきり福岡を代表する菓子だと思っていたものが、学生になり上京した時にうり二つの形をし、同じ商標で東京土産として売られていたことに驚かされたことがある。
 この疑問は随分と後になって解決したが、“ひよこ”なるものは他にも類似したものが存在するらしい。
 この話はいずれするとして、食べ飽きて記憶の彼方に置き忘れてしまった、懐かしい菓子に話を戻すことにしよう。


 写真の「ボンタンアメ」と「兵六飴」は、鹿児島市内にあるセイカ食品で造られる菓子だ。
 キャラメル風の箱型のパッケージにキューブ形をした粒が、澱粉でできた透明なオブラートに包まれ収まる。
 子供の頃はこのオブラートが苦手で、わざわざむいたものである。
 それに水飴を練り込んであるため、粘り気が強く歯にくっつきやすいために噛むのが面倒なのである。

 ボンタアメはみかんの果汁が含まれオレンジ色に、兵六飴は海藻と抹茶で緑の色をしている。
 いずれも子供の舌には馴染まぬ微妙な味で、せっかく貰ってもあまり嬉しかった思い出はない。
 むしろ、またこれかと落胆したものであった。
 以来そうしたこともあり、これまで随分と口にしたことがないまま過ごしてきた。

 ところが一粒を手にとる機会が最近あったのだ。
 発掘をしてると思いがけない遺構や遺物を発見し、胸をときめかすことがよくある。
 それと同じくらいに楽しみなのが、午前と午後の休憩のひとときである。
 参加している作業員さんが、おもいおもいおやつを家から持参して、ちょっとした野外でのティータイムとなる。
 ちょうど今なら頭上に雲雀のさえずり、それを聴きながらなかなかのものである。

 そうした和やかなひとときに登場するのが、あの懐かしきお菓子たちなのであるが、参加されているのが同年代以上の方が多いせいか、どうしてもこうした傾向になりがちなのはいたしかたない。
 ましてや頂く身であれば、そう贅沢も言えまい。
 そこに件のアメと餅も登場したのだが、懐かしさも手伝い一粒を口に放り込んでみる。
 すると遥か遠い日々の思い出が、ビミョウな味覚と共に呼び起こされる。

 遠足の時に無理やりに親に持たされて、ならばチロルチョコレートの方がよかったのにと、口をとがらせありがた迷惑だったこと。
 出張ついでの土産に、父親がポケットからおもむろに一箱とりだし、これまたがっかりしたこと。
 親戚の伯父さんがお小遣い代わりにニコニコしながら手渡し、それに無理な笑顔をつくりありがとうを言なわければならなかったこと。
 うーん。
 どうも哀しき記憶ばかりではないか・・・。

 しかしながらあらゆるものが満ち溢れ、どれにしようか選ぶのに困るほどの現代社会において、深く脳裏に焼きつけられる味なんてあるのかな。
 そう思うと少し得をした気にもなってくるから、不思議なものである。
 
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。