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 いきなり或る女性からこんな質問をされた。
 「蛙のことをドンコビッと言うのですか」
 彼女は元々は関西の出身で、全く縁もなかった土地である鹿児島の大学を卒業していた。
 だから鹿児島の方言はある程度は理解できていたのだが、このドンコビッだけは初めて聞いた様子であった。
 そう、鹿児島では蛙のことをドンコビッ、もしくはドンコビッチとも言う。
 ちなみに言葉の間に「•」を付けてみれば、“ドン•コビッチ”と、あら不思議ラテン系風の名前になるから面白い。

 ちなみに、ちなみに黒板消しのこともラーフルと言う。
 小中学校の休み時間は、ラーフル係りが決められ、教室の外に出てパンパンと粉を叩き出して綺麗にしていたものだ。
 このラーフルの語源は、ポルトガル語もしくはドイツ語らしく、明治維新後に定着した言葉なのである。
 だから私は黒板消しなどと一度も言ったことがない。
 いや、ラーフルが、共通語だとてっきり信じていた。

 話は変わるがNHKの大河ドラマで八重の桜を観ていたら、同志社大学の前身である英学校に入学してきた、熊本出身の学生の挙手の仕草には驚いた。
 彼らは非常に優秀な学生達で、いわゆる熊本バンドと呼ばれていた集団であった。
 そして後に有名になる徳富蘇峰らが、人差し指を真っ直ぐにつきあげ手を挙げるのである。
 どうやらこれも西洋式の仕草らしいのだが、間違って掌を裏返し、中指でも突き立てようものならば、とても恐ろしいことになりそうである。
 
 兎にも角にも九州は早くから西洋の文化を取り込むことで、それが幕末に至っては近代兵器を手にし、二百五十年の長きにわたった幕藩体制を崩壊させていくのである。
 つまり、いかに九州が先進地であったかを、何気に自慢などしているのだが・・・
 ちなみに、ちなみに、更にちなみに親指と人さし指と薬指であれば、まことちゃんである。
 「グワシッ」

 どうも話がとりとめなく、そして果てしなく馬鹿馬鹿しい方向性に向かいつつあるが、ドンコビッはたぶん外来語ではないと思う。
 久々に耳にした故郷の懐かしい言葉に、ウオッカを煽りすぎた“ビンタ”(頭)は、とりとめもなくふやけ、そしてまたもや暴走し始めているようだ。

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2013.07.23 かべちょろ
 ヤモリの話が続いてしまい恐縮ですが、色々と調べていると面白いものです。
 やはり古来より人々の生活圏身近に生息しているせいでしょうか、地方により様々な名前で呼ばれているようです。

 聞いた話では関西圏は“ちょろじ”とか言うそうで、なんだか可愛らしく親しみが込められているようにも思えます。
 沖縄では島ごとによって言い方が異なり、代表的なもので本島は“ヤールー”、宮古島では“ヤードゥ”ーや“ヤーズミ”と呼ばれています。
 つまり「ヤー」は「家」のことを指し示し、「家守」とは同義性が窺えます。
 またヤモリは「宮守」とも書かれ、寺社でもよく見かけられることから、身近な存在として受け入れられてきた歴史が感じられます。

 一方の捕食される側のゴキブリについては、特に病原菌を媒介するような有害性はありませんが、ただ気持ち悪いというだけで“不快害虫”の烙印を押されてしまいました。
 そう考えるとヤモリと同じ身近な存在であったはずなのに、仇みたいに嫌われる哀しさには同情せずにはいられませんが、どうやっても嫌なものは嫌いなのです。

 そう考えると人の感情とは勝手なもので、爬虫類の嫌いな人にとって究極の選択をするなら、いやゴキちゃんの方がまだましだと声を大にしたい人も多いでしょう。
 事実、ペットとして飼育している方もいるようですから。

 ところで福岡を中心にした九州地方では、“かべちょろ”と独特な言い方をします。
 壁をちょろちょろ動き回る仕草がイメージでき、これも愛らしい名前ですよね。

 ついでながらアシダカ軍曹は、鹿児島の実家では“こぶ”とか言って、益虫として大切にしていました。
 私はそのせいか蜘蛛にはさしたる恐怖は感じませんが、世の中にはこれほど怖ろしい生物はいないくらい、過剰に反応する人もいます。
本当は人ほど我儘な生き物はいないのに・・・
 
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この写真を掲載させるだけでも、どうか私の勇気を讃えて、温かい拍手を下さいませ 

 これから翌年の3月まで住むことになるアパートに、本日はリースした家電製品の受け取りをするため初めて行ったのだ。
 その外観はもろに昭和の建物で、名称も後ろにハイツとなどと付くから、まさに想像どおりであった。
 さて室内はと言えば今風に畳敷きをフローリングにリフォームこそしてあったが、間取りはまさに、あの“かぐや姫”の世界そのものである。
 これではキャベツばかり、かじらなければならないではないか。(たぶん40代後半以上でないと分からない)

 まあ、田舎育ちで、貧乏学生でもあった私なれば、この程度のことならまだ我慢できよう。
 いや、我慢しようではないか。
 しかし、今は姿こそ見えないが、あの虫の独特な臭いがしてならない。
 そう、アマメだ。

 まだ私が幼少の頃の話である。
 鹿児島では夕食時になると、あまめがゾロゾロ現れて、食卓は大変な騒ぎとなるのが常であった。
 初めこそカサカサと遠慮気げに部屋の隅で音をたてていたのが、暫らくすると平気で辺りを徘徊して回る。
 すかさず新聞紙を丸め叩き潰そうものなら、逃げるどころか逆に襲いかかるように飛んで来る。
 その大きさも半端ではなく、子供の手のひらぐらいはあるのだ。

 もはやこうなったら食事どころではない。
 「おい、そっちに行ったぞ」などと、家中が大騒ぎとなる。
 既に知識豊かな方々であれば“ゾロゾロ”とか“カサカサ”の擬音からして、いったい何を指し示しているかはおおよそ想像の通りである。
 そのアマメこと、ゴキブリは、人間にとって遠い昔から嫌われものであり、言いかえれば身近な存在でもあったのだ。

 さて、ゴキブリの語源は“御器(食器)かぶり”で、器に残った滓にかぶりつくという意味からつけられた。
 それは明治まで使われていたらしいが、或る辞典で誤植されゴキブリとなったと言う。
 ところで南九州ではゴキブリのことはアマメと呼ぶ。
 九州でも長崎では“ボッカブリ”、佐賀では“ゴッカブイ”と、ゴキカブリが変形したパターンが多いようだ。
 面白いのは沖縄の“トビーラー”で、その言葉通りの生態がイメージでき面白い。

 ところでアマメのことであるが、三重県の志摩地方でも“アマ”とか似たような表現をするらしい。
 どうして遠く離れた二つの地域で、似たような言葉が存在するのか考えた時に、これは古来からの言葉でないかを疑わねばならない。

 つまり南九州は列島本土の最南端にあり、中央より伝播される文化の袋小路の地理的環境にある。
 すると昔の言葉がそのまま定着してしまった可能性が考えられる。
 そして中央に近かった志摩の方も、何かの要因で古来の言葉がそのまま残った可能性が窺えるのだ。

 ほら、スーパーでもよく見かける「きな粉」もそうで、見たととおり“きな”は黄という色を表す。
 そして南九州では黄色を表現する時に、よく“きな”なんて言うが、これも古い言葉の名残りである。
 これ以外にも古い言葉がそのまま残り、今でこそ方言として残っている例はまだまだ多い。

 そうした現象は南九州に限らず、全国的に存在しているはずだ。
 今風に言えばお洒落な京のトレンドな言葉を懸命に真似し、しかし流行が去っても使い続けるようなである。 
 ちなみにゴキブリについて話を戻すと、最近まではアブラムシとして表現される方が多かった。
 ところが『ゴキブリホイホイ』なる、害虫駆除の商品が登場してから、どうやらこちらの呼称の方が全国的になったようである。

 などとここで幾らウンチクを述べたところで、今週末からはあのアマメの気配が漂うアパートに移り住まなければならない。
 すると夜中に寝ている私の枕元を、カサカサされたらと想像するだけで、眠れぬ拷問の夜が待ち受けているようで優鬱になるばかりである。

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 「五月蠅い」と書いて、「うるさい」と読む。
 10月も後半に入ると、ここ九州も涼しいから肌寒いへと体感温度の感覚が移りゆく。
 それでも時折、思い出したように姿を現す蠅がいて「十月蠅い」のだ。

 こういう時に長崎県出身者は「やぐらしか!」と大声で叫ぶ。
 つまり「うるさい!」なのだ。
 ところが鹿児島は少し違い「せがらしか!」なのだ。

 下の語の「・・・らしか」は、おそらく「・・・らしい」というような、その場の様子や状態を表現しているのだと想像する。
 例えば「しおらしい」とか「おとなしい」のように。
 それを最後に“か”を付けて言いきるところが、歯切れよくいかにも九州ぽいのである。

 ちなみに「やぐらしい」とか「せがらしい」と、実際に叫んでみて欲しい。
 すると“い”という母音は、“か”が含む“あ”のと母音に比べて語尾が頼りなく流れてしまうのに気づかされる。

 試しにさ行では、「やぐらしさ」と「やぐらしし」となる。
 まあ、このような使い方はないが、どうだろうかどちらが強調的に発音できるだろうか。
 ちなみにちなみに“た行”では、「やぐらした」と「やぐらしち」だ。
 ちなみにちなみに“な行”ではとやりだしたら切りがないので、後はご勝手にどうぞ。

 さて九州内で広く使われる類似した言葉に「しゃしい」なるものもある。面倒だとかのニュアンスもあるが、これも語尾に“あ”の母音をもつ“か”を付ければより感情的な雰囲気になる。
 「しやぁしカッ!」
 試しに九州の友人がいれば使われてみたらいい。
 但し如何なるトラブルになっても、責任は負かねるが・・・。

 余談ながら「やぐらしい」の頭の“や”をとり、「ぐらしい」となれば、鹿児島弁では可哀そうの意味になるのだ。
 しかしながら悪い言葉はすぐに覚えてしまうのは子供と同じようで、まだまだ暫らくはネイティブな長崎弁と付き合うことになりそうだ。
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仙台城本丸に建つ伊達正宗像
「馬上少年過ぐ 世平らかにして白髪多し 残躯天の赦す所 楽しまずして是を如何にせん」

  発掘作業をしている向こうの方で、「よんな~よんな~」と言っては大笑いしている声が響く。
 面白そうだなと思い、「それって何なんばい」と聞いてみても、相変わらず返事は「よんな~」となのだ。
 どうやら方言らしいが、さっぱり意味が分からない。
 
 すると親切なひとりの作業員さんが「沖縄の方言たい」と教えてくれた。
 「焦らず、ゆっくりやろう」という意味らしい
 でもここは長崎である・・・
 そうだ・・・
 そういえばこの前に、沖縄出身の方を採用したばかりだった。

 さて、作業はちょうど粘土質の硬くしまった土の層を掘削する段階に達しており、これまで片手で持てる小さなスコップから、両腕を振り上げ打ちこまねばならぬ鍬に持ちかえたばかりの大変な状況であった。

 ならば「よんな~よんな~」で、丁寧に遺構と遺物を捜そうではないか。

 ちなみにこの沖縄方言の反対後に「ちばりぃよ~」がある。
 それをふと思い出して叫んだところ、皆の眼が点になってしまった。
 しかしひとりだけ笑顔の人がいる。
 沖縄出身の方だ。

 さて、それからが大変。
 いや、長崎はという話になり、さだまさしがNHKで唄っていた“みんなの歌”の「がんばらんば」と話は盛り上がりをみせる。
 鹿児島出身のおいどんも負けじと、「きばいやんせ」を唱えなければならない始末となった。

 同じ九州でも応援する言葉は、様々で嬉しくなってくる。
 ちなみに長崎県内でも島原に行けば、「がまだす」なる方言もある。
 これはあの20年ほど前の普賢岳の大災害から、復興する時の励まし合うかけ声にもなった“元気をだせ”という意味がある。

 そう言えばちょうど1年前の今頃、私は震災の爪跡も生々しい仙台にいた。
 永年住み続けた福岡の街に何処か似た雰囲気の仙台に、親しみを覚えつつも何故か暗い影が見え隠れするのが痛ましく感じられてしかたなかった。
 
 あの街で傷ついた人を励ましてあげられる、地元の方言もきっとあるはずだ。
 それを半年も暮らしていながら、遂に知ることもなかった。

 そうそう、こうしてブログを始めたきっかけになったのは、あの現場で知り合った作業員さんの勧めで“写真川柳”なるものを知ったからである。

 また或る人はスーパーの袋いっぱいに詰まった銀杏をくれた。
 ありがとう。
 あれは宮城県栗原市に蔵元がある“萩の鶴”の肴に、美味しく頂きました。
 そして皆さん、相変わらず元気で頑張ってますか。


2012.04.29 「よだきぃ」
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鹿児島市城山 西郷隆盛終焉の地

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東京上野 

 どちらも西郷隆盛の銅像だが、地元では凛々しく軍服に身を包み、片や上野の方は浴衣に愛犬を連れた親しみやすい姿である。
 鹿児島が出身の私には終焉の地である城山に建つ姿が馴染みなのだが、おそらく多くの方々は上野の西郷さんの方がすぐに頭に浮かぶことであろう。
 ということで西郷隆盛の話を特にするつもりではないのだが、少し方言について何かしら記しておきたいと発作的に感じたので、とりあえずカゴンマ弁イメージ代表ということで西郷さんに登場して頂いたのである。

 ちなみに私は高校を卒業するまで鹿児島で育ったが、確か小中学の頃であるが方言は社会に出てから弊害があるといくことで、当時の教育方針で矯正させられる時期があった。
 世の中はまだまだ好景気で、中卒が金の卵ともてはやされた時代だ。卒業まじかになると、雇用者から貰った腕時計を自慢げに、ひと足早く大人になる友人が羨ましく思えてしかたなかった。
 今では考えられないそういう時代である。何も鹿児島に限らず、地方からは毎年のごとく多くの若い労働力が汽車に揺られ都会へと夢を馳せた。
 そうした時代であるから、難解な鹿児島弁は他の地方出身者とはコミュニケーションをとる上で、大きな妨げになったであろう。しかし鹿児島弁は江戸時代において、幕府をはじめ他者の隠密活動を防ぐための作為的言葉であるから分かりづらくて当然なのだ。
 会話をしている途中で、疎通ができなくトンチンカンな話になれば大変な事で、怪しい奴と捕えられ打ち首である。実際に幕府の命で薩摩の領内に赴く密偵は、薩摩飛脚ともいわれ片道の覚悟であったようだ。

 ところで私は沖縄を旅してると、あの独特のイントネーションに鹿児島弁の懐かしさを覚えることがある。あの微妙に波うつ語感の抑揚感はがそうだ。もちろん同じ発音の名詞もある。例えば魚を「ョ」とか探せばいっぱいある。
 しかし、客を迎える「ようこそ」は、「おじゃったもんせ」と、これは京言葉の名残りである。さらに「黄色」は「きな」の古い言葉で、まさに乾燥した大豆を粉にした「黄粉」にも通じる。
 かと思えば腐ったものを「ねまる」というが、これは福岡は博多でも使われる。さらに疲れたことを、「よだきぃ」とかいうが、これは今でも大分県内ではよく使われる言葉だ。
 さて、このコラムを書こうと思い立ったのも、実をいうと生粋の鹿児島である両親が、何気なく「今日はグランドゴルフで頑張ったからよだきぃかね」といったのがきっかけだった。
 つまり鹿児島は九州の最南端にあることが、京の雅な流行語や九州各地の方言の袋小路となり、そこに意図的に難解な琉球の言葉をとりいれたのだと思うのである。

 随分と前に沖縄の今帰仁を旅した時に、ふと立ち寄った露店のオバアとそこに帰ってきた娘の会話は全く理解できなかった。そして不思議そうな顔をしている私に、「わからないでしょう」とオバアは愉快そうに笑いかけた。 旅すれば、それだけ様々な言葉に出会える。懐かしい言葉、面白い表現、生まれたての新たな造語。   
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