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2012年1月21日のダレヤメ
 久しぶりの博多はやはり落ちつく。街のもつ空気が好きである。
 そして何より焼酎(酒)の肴が新鮮で旨く、それに量も良心的でリーズナブルなのが嬉しい。
 東京の居酒屋は隣の客と肩が触れ合うほど狭く、うるさく、声をはりあげねば目の前の相手
とも話も出来ぬ。とにかく疲れる・・・。

 ダレヤメとは南九州の方言で、“疲れを止める”とでも言うところであろうか。まだ子供の頃、
故郷では親戚が集まると、自然とダレヤメとなりお湯割りした芋焼酎の甘い香りが辺りを漂った
ものだ。

 今日はリニューアルして1年も経たない、博多駅のほろ酔い横丁にある角打風の居酒屋でのダレヤメ
である。まだ外は明るいが、仕事もひと区切りして遅いランチを兼ねてのダレヤメタイム。
 メニューにまぐろのビンタ刺しとあったのが気になり入る。

 ビンタとは頭のことで、鹿児島の方言である。つまりまぐろの頭の部分の刺身で、希少な部位にも
関わらず480円とは安い。これに大分県産の御柚子と九州独特のの甘い醤油をからませ食す。それに
塩茹でしたダッキショ。これも懐かしい味で、秋頃になるとおやつ代わりによく食べたものだ。
 ダッキショも方言で落花生を殻のまま茹で、鍋からあげたてがホクホクしてまた美味い。

 これにもちろん芋焼酎。土曜日の昼下がりの居酒屋は、思いのほか私以外にも客は多く、ほろ酔い
気分に和んでいた。やはり生まれ育った九州とはいいものだと感慨にふけりつつも、東京行きの飛行
機の時間が気になりだした。 

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2011年12月26日のダレヤメ

 仙台市の南に隣接して白石市がある。独眼竜で知られる伊達正宗の片腕として活躍した、片倉小十郎の城があるので有名だ。

 さて、ここの名産に温麵なるものがある。“うーめん”と呼ぶのだが、そうめんを3分の1ほどの長さにしたものと思えばよいだろう。料理法はそうめんを温めて食す、にゅうめんに近い。味噌ベース、醤油だしと味付けは様々で、ナスなどを一緒にして煮るのだ。

 この白石市内には温麵を製造するメーカーが多く、宮城県民だけでそんなに需要があるんかと思えるぐらい多くの工場が軒を連ねる。だが、その心配は無用で、やはりそうめんも製造している。

 ということで季節外れの白石のそうめんが格安で売っていたので、まとめ買いをしてしまった。まずは定番通り冷やしそうめんでツルツルと食したところ案外に旨い。腰がありのど越しも文句なし。三輪や揖保の糸と比べても遜色がないではないか。

 では、油ソーメンにと、さっつそく今宵のダレヤメに決定。アルデンテに茹でたそうめんを、手早く流水で余分な粘りをとる。さっと水を切り、今度はツナ缶とそのオイルで炒める。ネギなんかも入れ、味付けはそうめんの汁と塩をかるく振る。

 油そうめんは奄美の郷土料理で、沖縄ならスパムが入りソーミンチャンプルでゴージャス・バージョンとなる。白石の油そうめんの味はというと、これまたgoood。べたつかず、歯ごたえも申し分なし。
 思わぬ名産を見つけ嬉しくなり、翌日にその安い店に行ったら山積みにされてた束が全く無くなっていた。
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2011年12月24日ダレヤメ

 世の中はクリスマス・イブで、例年のごとく大いに賑っている。それは被災地のここ仙台でも変わりはない。サンタクロース姿のケーキ売りや、熱々のカップルを横目に家路を急ぐ。
 
 冷蔵庫の中をのぞくと、大きな瓶に塩辛がいっぱいに詰まっている。よく発酵しているようで、色艶ともなかなか良い。

 ジャガイモを蒸し、ホクホクしたところに載っけてかじる。程よい塩加減と、胆に詰まった潮の香りが口いっつぱいに広がる。発掘を手伝ってくれてる農家のおばちゃんに、畑でとれたてのキャベツをもらった。葉がよくまいた、みずみずしいものだ。これを手で無造作にちぎり、母に貰った鹿児島の“なんでも酢”をつけて食べと、バリバリとした歯ごたえと共に野菜のもつ本来の甘みが残る。


 塩辛の小皿は大分は日田の小鹿焼、ジャガイモの方は福岡は英彦山の懐にある小石原焼、小杯は有田と気にいった器で食べるとまた格別。それらを自分へのクリスマスプレゼントと買ってきた、半月のお盆に載せるとまた良い。

 今宵はバーボンを舐めつつ、夜はしんしんと更けてゆく。
 メリークリスマス(^u^)

 

 
2012.01.25 塩辛できた
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2011年12月23日のダレヤメ

 出来たての塩辛をパスタにからめてみた。まだ昼間なので、車で出かける予定もアルコールは控えなければならない。うーん、ビールが呑みたい。
 仕方がないのでノンアルコールのシャルドネの缶をプシュッと開ける。
 これ、キリンから出ている商品で、飲み心地がいいので気にいっているのです。
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2011年12月22日のダレヤメ

 スーパの鮮魚コーナーに行ったところもどりガツオを見つけた。そう言えば数日前のニュースで一部復旧した石巻漁港でカツオが水揚げされたと、嬉しそうな漁業関係者の映像が流れていたのを思い出す。
 
 もどりガツオは暖かな所を好み、夏になると親潮と黒潮がぶつかる三陸沿岸まで北上し、秋頃の寒くなる時分に今度は黒潮を逆流し南下していく習性があるこれをもどりガツオと呼び、低い海水温の影響で脂がのっており、北上時の初ガツオとはまた味が違うらしいのだ。

 試しに半身を買い求め、そそくさと帰宅。 醤油は鹿児島から持ち帰った甘い醤油に、柚子コショウをからめて口に頬張ると・・・。うーん・・・美味。
 確かに初ガツオとはまた違う旨さがある。ほどよく脂がのり、口の中で溶けていく。それでいて食感はしっかりとしている。 酒は地元宮城の日本酒“一の蔵”
 バックが散らかっているのは、引っ越しの準備中なので、これはご愛敬・・・。
 


 
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2011年11月22日のダレヤメ


 秋はイカが美味くなる季節だ。しかし残念ながら3.11の東北地方を襲った大津波は、三陸沿岸の漁業に大きな影響を与えている。魚屋で販売されてるものの主な産地は近くて青森や北海道で水揚げされたものが目立つ。ともすると長崎や大分産のアジもみかける。

 こうした光景を目の当たりにした時、あの被害の甚大さが改めて分かる。
 さて、私は市場やスーパーで並べられている魚を見るのが好きだ。地方に行った時は決まって魚屋をのぞく。そして、これはどのようにして食すのだろうかと想像すると、たまらなく楽しくなってくる。

 だが、東京では綺麗にパッケージされた切り身ばかりで、本当につまらない。南国の極彩色鮮やかな沖縄で出会った魚、豊かな玄界灘で揚がったばかりのもの、豊後水道で鍛えられた魚、それがどう旨い肴に化けるのか考えただけで、今宵胃の腑に流し込むものを何にしようか迷い出す。

 話を本題に戻そう。仙台のスーパーでイカを丸々買ってきた。前の晩に包丁を入れ、翌朝に網カゴにいれ天日干しにした。胆は塩漬けにして、これから10後後に新たにさばいたイカと共に塩辛にする。とにかく最初のイカは
一夜干しにして、今宵の肴となる運命なのだ。


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2011年8月26日のダレヤメ

 やや遅れてのお盆の帰省となってしまった。夕方の6時に降り立った鹿児島空港は、まだ日差しが高い。子供の頃など8時近くまで、野球のボールを追いかけていたものだ。もちろんナイターなどの施設があろうはずもない。
 空港から実家まではまだ距離があるので、バスに1時間以上も乗らなければならないが、飛行機が遅れたせいで次の便まで1時間半ぐらい待たねばならない。

 しかたがないので空港内にあるレストランで暇をつぶそうと入ると、様々な芋焼酎の一升瓶が所狭しと並んでいるではないか。家では母親が手料理で待っているはずだが、どうしても誘惑には勝てない心の弱い自分がいる。
 まあ少しならと頼むと、黒ジョカででてきた。注ぎ口からは甘い香りが鼻の奥をくすぐる。

 これに“つけ揚げ”と“きびなごの刺身”も注文した。つけ揚げは一般的には“さつま揚げ”のことだが、地元のひとが自分たちの住んでる薩摩の地名をわざわざ付けるはもおかしいので、つけ揚げが本来の名称だ。また天ぷらともよく言うが、世間一般で言う天ぷらは“ガネ”である。
 とにかく鹿児島で食べるつけ揚げは甘く、すり身の密度が高い。小腹がほど良く満たされたところで、ちょうどバスの時間となった。続きの楽しみは実家に戻ってからにとっておくことにしよう(*^_^*)
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2011年8月11日のダレヤメ
 名古屋と言えばひつまぶし、天むす、八丁味噌をふんだんに使った豚カツや煮込みうどんと枚挙がない。
そして忘れてならないのが手羽先だ。
 これを上手に食べるにはこつがある。手羽を関節の処で二つに折り、根元の方を片手で軽く揉みほぐして
から、そのまま口の奥に射し込み、跡は前歯でこそぎ落すように手前に引きずり出す。そうするときれいに
肉だけだ口に残る。

 市内には手羽先を売り物にした「世界の山ちゃん」と言う、大それた名の地元チェーン店の看板をよくみ
かける。と言うことでさっそく暖簾を潜り、名物の“幻の手羽先”なるものを頼んだ。まあ、幻とまではい
かないまでも、この値段で手軽な肴なら満足。
 またお土産用の冷凍食品も品数が多く揃えられ、なかなか商魂の逞しさが垣間見える。焼酎もオリジナル
のボトルが安くであり、たらふく食べて呑むことができる。

 しかしこの店のメニューから幟に至るまで、なんだか寝起き顔をしたオーナーの似顔絵が描かれているが、
背に羽をはやした姿は決して天使を真似たものではないのは疑いのない事実だとひとり思いつつ、さらにグ
ラスに焼酎を注ぎ込む。


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随分と遅い初詣になってしまった。いつもは大宰府天満宮や櫛田神社も合わせて行くようにしてるのだが、今回は時間の都合で箱崎だけとなってしまった。
 ここは文永11年(西暦1274)蒙古襲来に戦勝祈願した戦の神が祀られ、今でも楼門には「敵国降伏」と大きな金文字が高く掲げられている。
 さて、出遅れてしまった間抜けさも、境内には参拝者の行列ができていて、やや安堵しながら両手を合わせ新たな年の良きことを祈った。
 
「七草を 過ぎて詣でる 玄海が 箱崎の宮 人垣ありて」

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2012.01.15 東北にて
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 新たな年を迎えて早々、東北での生活も一区切り。
来た時と同じように、車に家財道具を詰め込み、夕焼け
の東北道を一路東京へと、夜逃げでもしているかのように
ひた走り・・・

 しかし仙台は寒かった。
 雪こそ積りはしないが、やはり寒さは苦手だというの
を肌身を通して感じさせられた。

 それでも暇さえあれば温泉に出かけたりしたが、九州
のように気軽に入れる場所が少ないのは残念。
 日帰り湯はホテルが多く、入湯料も高め。別府にみたいに
タオル片手に、ふらりと立ち寄れれば嬉しいものだが・・・

 面白いのは泉質が強酸性で、シャンプーが全く効かない
のである。山形の蔵王や宮城の鳴子がそうで、浸かっている
と肌がピリピリとしてくる。
 熊本のに山鹿や佐賀の嬉野のような九州の温泉は、単純アルカリで、
いつまでも泡がおちないヌルヌル感とは全くの逆である。

 そしてやはり忘れてはならないのは、震災の爪跡がまだまだ生々
しい三陸沿岸部の光景であった。そうした状況の中へ足を運ぶのは、
何か物見遊山に出かけるようで少し気もひけた。その半面見ておかねばと
いう気持ちもある。

 実際の被災地は言葉を超越した寂寞さが、どこまでも広がっていた。
基礎だけ残した街並み。灯りの消えた半壊した家々。粉雪混じりの
冷たい潮風が献花に吹きつける。

 今回、発掘調査を手伝って頂いた作業員さんの中にも、自宅を失った
方がいた。還暦をすでに過ぎたお婆さんである。遺跡からは869年の貞観
の大津波の後、陸奥国分寺の復興のため鐘を造ったと考えられる遺構が
発見され、地元紙に話題を提供した。
 
 あのお婆さんは辛い年であったけど、発掘に来られて気分が紛れ、多く
の人と知り合えたことを喜んでおられ、その言葉を聞けて私は幾分救われ
る思いであった。




2012.01.14 日帰り湯
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鳴子温泉は山の中。
たどり着いた時には、辺りはすっかり闇に覆われていました。
目指す共同浴場を訪ね、滑りそうな雪道を足元を確かめつつ慎重に歩きます。
番台で150円と格安な入浴料を払うと、夕食を終えたばかりの地元の人もちらほらとやって来ます。
かけ流しの湯煙のこもる薄暗い明りの下で、静かな時間が流れていきます。
誰もが顔見知りのようで、たわいのない話に花も咲きます。

「日帰り湯 タオル片手に 集い来る 馴染みの顔に 心もほぐる」

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2012.01.14 瞳が嬉し
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世界遺産に登録されることになった中尊寺の片隅での雪景色。
一面を雪に覆われた中にあって、柿がたわわとなっていました。
鳥さえも啄ばまぬとは、よほど不味いのでしょうか・・・
しかしよく熟れし柿は、私の眼には鮮やかで嬉しい感動を与えてくれました。

「白雪に たわわと実る 赤き柿 見るも鮮やか 瞳に嬉し


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2012.01.13 涙とくれぬ


新春の初詣は晴れやかで、新たな誓いを胸に参拝するものだと思っていました。
しかし、ここには行き場のない、癒えぬ悲しみに両手を合わせる人たちがいます。

「故郷の 面影いずこ 初春を 祝う門出も 涙とくれぬ」


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2012.01.13 萎れ菊なり
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かつて多くの家々があった場所は、その基礎を残すのみでした。
路地があり、隙間もなく連なるブロック塀の残骸・・・
そこには確実に人々の泣き笑う日常がありました。

「去りし日が 懐かしきほど 胸を裂く 瓦礫に咲くは 萎れ菊なり」

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2012.01.13 春は未だと
春は未だと
 
 名取市の閖上(ゆりあげ)は仙台湾に流れ込む、名取川の河口付近に広がる地区でした。
あの大津波によって甚大な被害を受け、どう読めばいいのか分からなかった地名が、毎日の
ようにニュースで伝えられました。
 そして今でも海が眼の前に迫る小さな丘には、多くの献花がたむけられています。

「潮風に 見知らぬまちの 名を尋ね 津波が瓦礫 春は未だと」

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雪降る日の発掘

2011年12月28日
暑かった7月からの発掘もようやく今日で終わり。雪のちらつく中を、最後の仕上げは調査を終えたばかりの遺構を、綺麗にしての空中写真撮影。
 この後は埋め戻され、再び太陽の光を浴びる事がないのが開発行為に伴う遺跡の運命。

「雪空に 化粧直し 誰ぞ逢う 今宵が限り 再と見えらむ」

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2012.01.03 雪の秋保
秋保の里

2011年12月25年
 天気予報は今年一番の寒波が東北地方に居座っていることを告げている。
 こんな日は温泉でもと思うのだが、ドアを開け外に出るには相応の勇気が必要だ。“雪舞いて”は“行きまいて”の心の迷い。
 あ・・・でも、露天風呂からの雪見もなかなかのもので、やはり来てよかったと湯船に深々と浸る。

「雪舞いて 挫き思いは 湯煙に 滔々と溶けし 秋保が里よ」
2012.01.03 観世音寺の鐘
観世音寺の鐘

2011年12月10日
 師走のはじめ、大宰府の観世音寺に釣鐘を見に訪れた。この鐘は奈良時代に鋳造され、国宝にも指定されている。
 かの菅原道真も「都府楼はわずかに瓦の色を看、観音寺はただ鐘の声を聞く」と情緒ある風景を詠んでいる。それが毎月18日の13時と大晦日の日だけ撞かれ、天平の音をいつか聞きたいものだとひとり感慨にふけ入る夕暮れであった。
 そしていま仙台で発掘調査中の鐘を鋳造した遺構を思い、奇しくも復興の一大事業であった陸奥国分寺再建の歴史と、今回東北地方を襲った大震災を重ね合わせての詠んでみた。

「まほろばの 鐘を訪ねし 都府楼に 陸奥の音重ね 祈る年瀬かな」
2012.01.03 悲怨が翼
旧調布飛行場の掩体壕

2011年11月25日
 夏の暑い盛りに掩体壕なるコンクリートドームの保存整備の仕事に携わることになり、それがようやく一区切りついた。
 ここは旧陸軍の調布飛行場があった場所で、米軍のB29の空爆から帝都東京を護るため零式戦闘機を改良した飛燕の退避させる壕だ。
 資材の少ない時の構築物で、粗悪なコンクリートから剥きだしの鉄筋が至るところで覗く。
 太平洋戦争から半世以上が過ぎ去り、今では住宅が所せましと立ち並ぶ空き地に、ひっそりの残されていた掩体壕は、悲惨な戦争を静かに物語る遺構となった。

「蝉時雨れ 悲怨が翼 若鷹の 抜け殻が空 鎮魂となれ」
2012.01.03 黄金が実拾い
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2011年11月20日
 今、発掘調査している隣が陸奥国分寺で、昼休みにそこの境内に散歩に出かけたところ、銀杏がいっぱい落ちていました。
 ただで旬の肴を手に入れた喜びに、はや今宵の焼酎に思いを馳せてしまいました。

「参道に 転げ落ちたる 黄金が実 拾い集めて 今宵の甘露ぞ
2012.01.03 土と戯る
陸奥国分寺

2011年8月7日
 仙台の薬師堂東遺跡を発掘調査しており、そのすぐ西が陸奥国分寺の寺域とされています。そういうことで昼休みに散歩に出かけました。
 境内には礎石が残り、そこに蝉のけたたましい鳴き声で溢れかえり、東北の短い夏を謳歌していました。さて、発掘の続きに戻ろうか、そう思った時の一首。

「いにしえの 伽藍は何処や 陸奥の国 蝉時雨に 土と戯る」
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