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2012.07.28 海と山の鯨
2012年7月27日のダレヤメ

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塩漬けされた鯨

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猪の腸詰め
酔っぱらっいのピンボケ


 今宵は“塩鯨”だ。食べ方は塩を洗い流すだけで、後は辛子酢味噌をつけるのだが、地元の居酒屋で出されたものはマヨネーズだった。味のほうはいまひとつ。鯨そのものが味がしないので、何だかマヨネーズをたべてるみたいだった。さらに“山鯨”も食べた。山の鯨とはよく言ったもので、つまりは猪のことだ。つまり海と山の鯨の両方を食べたのだ。
 ちなみに大村近海には海豚も生息している。海の豚だからきっと食べれるに違いない。確か静岡では最近まで食べる文化があった。もし今でも食べようものならば、鯨どころの騒ぎでない。それこそ、えんどうまめが両眼をつりあげ、猛烈な勢いで怒鳴りこんでくるに違いない。あの利口でかわいいイルカを食べるなんて、あなた方は人間ではないと・・・。
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7月23日に九州地方は梅雨明け宣言しました

 今年の梅雨は例年にない激しさで、九州地方を襲った。連日流される被災地のニュースに、故郷の両親や、九州のあちこちで暮らす友の顔が頭に浮かぶ。
 こちらもそれなりに大変で、気まぐれで、感情的な天気に翻弄されっぱなしであった。つかの間のご機嫌の良い日は慌ただしく、ただでさえ遅れ気味の調査に身をすり減らす。常に空模様をなだめすかすように眺めては、あと少しだけ我慢してくれと願う日々が続く。
 “あおぞら濃いし”は“あおぞら恋いし”でもあるのだ。

「梅雨あけて あおぞら濃いし 蝉の声」
2012.07.24 明るい闇鍋
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2012年7月23日のダレヤメ
鍋にはスッポンの甲羅が浮いてた


 グツグツ煮たった土鍋の中に、スッポンの甲羅がプカプカ浮いている。さらに目を凝らせば、ナマズもいる。実に摩訶不思議な鍋を、男四人で囲む。
 自炊生活も2ヶ月になると、地元の人が気をつかい様々な差し入れをくれる。或る人は釣ったばかりの新鮮なイカを刺身にして、わざわざマンションまで届けてくれた。また或る人は自宅の畑で収穫した玉ねぎ、ジャガイモ、南瓜、胡瓜、トマト、大根等など袋一杯に詰め、ニコニコ笑顔と共に手渡すのである。豚のホルモンもあった。これを焼いて食べると、歯触りコリコリと味わい深い。その見た目も腸そのもので、短かめのチューブの形をしていた。ありがとう心優しき長崎の方々よ。
 極めつけはスッポンとナマズと鳥皮の3点セットを貰ったことだ。それぞれの調理法も教えて頂いたのだが、生ものなので早く食べるにこしたことないと、同時にひとつ鍋にすることになった。あえて地元風にいえばスッポンチャンポンだ。なんだか乱暴そうな鍋だが、それなりに旨く焼酎が進んだのは言うまでもない。
 ところでこの後には続きがあり、入る具材はさらに鳥団子へと変わり、〆はうどんでお開きとなった。何だか分からない様々なエッセンスが微妙に混ざり合い、それなりに旨い闇鍋であった。
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2012年7月22日のダレヤメ
今宵の主役は鯨の大和煮

 日曜なので嬉野温泉でゆっくりしようと思ったら、途中の東彼杵で足が止まってしまった。ここは大村湾を目の前に眺められる、江戸時代から続く鯨の水揚地として賑わった。現在では国際条約で捕鯨は全面禁止になっているが、それでも調査用に捕獲されたものが商品として並ぶ。しかしながら、ここに水揚げはされることはなくなっが、それでも地元の人には食文化として根付き、今日まで細々と息づいてきた名残りなのだ。
 種類は酢味噌で食す“さらし鯨”から、野菜と煮込む“塩クジラ”、果ては酢醤油につけて味わう“サエズリ”と品数は豊富である。ちなみに“サエズリ”とは舌の部位を指すもので、なんとも親しみがこめられた呼称である。それは日本人がいかに鯨を愛おしく思い、そして付き合ってきたかを物語るようでもある。
 そこで本日のダレヤメにと、惣菜として売られていた大和煮を買い求めることにした。こうなるともう温泉どころの話でない。車は仮の苫屋へと急遽道をば引き返すと、頭の中は遥か懐かしき味わいを手繰り寄せるばかりである。
 
 さて、シャワーもそこそこに、バタバタとささやかな宴の準備をはじめる。途中の“道の駅”で買った茗荷を、さっと湯通して刻む。茹でた落花生も見つけた。これなど故郷の鹿児島ではおやつ代わりよく食べたもので、大人にとってはビールのつまみには欠かせないものなのだ。主役の鯨はすでに調理されているので、これは電子レンジで温めなおせば終わりである。
 久しぶりの鯨は、予想していたほどの生臭さんはなかった。そう言えば小学校の給食に、鯨肉はよく出たものである。その頃はまだ牛や豚など四足の動物は高値で、代用として鯨肉が使われていた。調理方はといえば竜田揚げにしたものを、ジャガイモと一緒に炒め合わせただけのものである。あの頃は鯨肉独特の臭みが、どうも子供らには不評であった。
 しかしこの歳になると、あの味覚が妙に懐かしく気になり出すのである。簡単に手に入らなくなったものへの憧憬もあるだろうが、いつの日かもう一度味わっておきたい衝動に駆られる。あの硬く筋張り、そして臭みのある竜田揚げをである。

 そこでだ。えんどう豆かさやいんげんか知らんが、“鯨は利口な動物”だと陳腐な論理を振りかざし、それを食べる民族を蛮視するのには閉口する。祖先から受け継がれてきた食文化を、一方的に否定しようとするのは欧米諸国の偏見は許せない。それに繰り返し行われるヒステリックな妨害活動も茶番である。同じ命である牛や豚は美味いと躊躇なく食べるくいせに、鯨は駄目だという本質的な議論を抜きにした感情だけが先行してしまうのは傲慢さ故なのか。
 そこまで主張するなら動物は一切食べず、菜食主義者になるぐらいの覚悟をもった生きかたをしてみせろ。そうだ、お前らはグリンピースでも喰っておれ。俺は鯨を食べるぞ。来週もそのまた来週も鯨肉を買いに行き、憧れの竜田揚げを作ってみせる。


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町中に“くじら”の文字はあふれている


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道の駅でも・・・・・・

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国道34号線沿いにも


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このコーナーでは、地元の人も必ず足をとめていた 
2012.07.21 イロイロ焼酎
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「“敬天愛人”さつま無双 紫」だ 
長崎県大村市内の居酒屋で発見。ここの女将さんは同郷の鹿児島出身で、しかも隣の高校に通っていたのだ。

 ついに出ました“紫”パチパチパチ
 いまや“黒”は当たり前となってしまったのが焼酎の銘柄で、その後も“赤”やら“黄”など色々なイロが登場し華やいでいる。別に焼酎そのものに色がついている訳ではなが、発酵させる麹の種類で味が微妙に変化するのだ。ところで白麹は一般的なものであえて“白”とは言わず、「霧島」ならこれに黒麹を用いた“黒霧”や、赤麹の“赤霧”があり親しまれている。しかし“赤霧”はなかなか品薄で、口にする機会もすくない。それを初めて頂いたのは、確か中洲にある馴染の小料理屋だったように記憶している。その味わいは芳醇で芋独特な香りが口のなかいっぱいに広がる。それから癖になり行く度に五合瓶で注文したものだが、逆に香りが豊かになると料理本来の味を殺してしまいがちになる。そのせいもあってか飽きると、結局いつものイロのつかないものへと回帰してしまった。ちなみに“赤霧”がどういう味であるかは、或る友人が焼き芋を呑んでいるみたいだと言ったことがあった。なるほどと思える、妙を得た分かりやすい表現である。
 
そして昨晩は遂に“紫”を知ることになった。うーむ。。。ここにきて紫が出てくるとは、まさに想定外の展開である。その味は「赤霧」みたいな、焼き芋風味である。高貴な紫色のラベルに、輝かしい金ぴか文字で「さつま無双」と銘柄が楷書で書かれている。その左脇に小さく“紫”の文字も並ぶ。上の方にも“丸に十の字”の薩摩藩の定紋が堂々と中央にあり、左右には「敬天愛人」の文字も映える。この四文字こそは、西郷隆盛が障害座右の銘として好んだもので、正当さつま焼酎の心意気がひしひしと伝わってくる。
 
 蛇足ながら長崎には「壱岐ゴールド」なる麦焼酎があり、これは爽やかな風味で和食によく合う。これこそは名前の通りで、焼酎そのものが黄金の輝きを放っているのだが・・・。
 さてさて、次はどんなイロが登場するやら、よほどのイロでなければもう驚かされはしないぞと、ひとり心に誓う夜なのであった。

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お通しの“エイの煮付け”
 ヒレのところがゼラチン質で、頬張れば軟骨ごとポリポリ


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有明海沿岸の郷土料理“がねみそ”
九州では蟹のことは“がね”と呼ぶ。殻ごと潰し、塩で煮詰めた珍味。しょっぱかった


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“鹿肉のたたき”と“砂ズリの刺し”
何故か鹿肉はエゾジカだった???
2012.07.19 やきとんな夜
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新宿3丁目の角打ちホルモン店

豪雨続きの九州とはうって変り、1か月ぶりの東京は真夏日であった。そんな連休中の夜の新宿を散策してみれば、やたらと九州に関係した名称の看板が目に付くではないか。例えば〝博多〟とくれば、上の句と下の句のようにラーメンやモツ鍋が当然のようにくっついている。確かに九州地場の食材や郷土料理は旨い。また酒の、いや焼酎の肴にはもってこいだ。
 昨年はしばらく仙台にいたが、期待通りの出会いは少なかった。震災直後の影響もあったであろうが、冬の寒さにも馴染めず辛い思いでばかりである。兎にも角にも、新宿では東北よりも九州に縁のある居酒屋が目立つのである。そのなかに博多名物“やきとん”という見慣れぬメニューが、あちこちで自慢げに幅をきかせていたのには驚かされた。
 えっ・・・“やきとん”? 「そんな食べ物あったっけ」などと首をかしげるばかりで、天神でも博多でもそんなのを注文したことなど一回も心当たりがないのだ。ならば正体を見定めたくなるのは当然の理で、角打ちで注文してみれば、なんと串に豚肉を刺してやいたものである。つまり“豚の焼き鳥”ではないか。いやいや、豚の焼き鳥という表現はおかしいが、九州の焼き鳥屋では普通に置いてあるつまみだ。だからあえて“やきとん”などとは言わない。だが、東京では鳥だけを扱うのが普通で、豚は新たなカテゴリーを必要とした結果のややこしさであることに気づかされた。それでも何処か狐につままれたような気持ちで、一言だけ謹厳を申し上げておきたい。
 「食べ放題のキャベツがついてない」
 無造作にひきちぎったシャキシャキのキャベツを、酢醤油につけてバリバリ頂くあれである。これがあるとないでは大違いなのだ。それが付いてこないとなれば、“仏を造って魂を入れない”のと同じようなものである。

 ちなみに“角打ち”なるものも北九州が発祥で、枡の角で呑むことに由来する。余談ながらまだ若かりし頃の話で、どうにも懐が寂しくなりだすと近所の酒屋に出かけたものだ。そこで焼酎の小瓶を購入し、すかさず店の裏側に回る。そこは倉庫を兼ねた立ち呑み屋で、一升瓶が所狭しと並んだ土間に、小さく粗末なカウンターが置かれた薄暗い空間がある。肴も店に売っている干物で、例えばレジでスルメの代金を支払い、それを袋ごと店の女将に渡せば、さっとあぶったものを皿に載せて持ってきてくれるのである。
 これなら保健所には飲食店としての届け出は必要もなく、商品を客が店内で呑み食いしているだけなので、リーズナブルに楽しめる嬉しいシステムなのだ。そういえば角打ちも最近はよく見かけるようになった。それも昔の労働者階級的な暗いイメージではなく、お洒落で気軽な雰囲気に若い女性の姿も多く賑っている様子だ。確実に九州の食文化が、日本の居酒屋を支配しつつある。
 むふふふふ・・・・

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 “やきとん”なるものは本場博多には存在しないのだ

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恥ずかしげに、だが大声で豚の「サオ(ペニス)ひとつ」と注文していた美女に驚いた
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暖簾の向こうにはは寿司屋のカウンターが並び、その奥で鮨を握る職人の姿があった


 日本三大チャンポンといえば何処なのか・・・。別に“割り切れない話”の続きをするつもりはないが、ここでも数に対する観念性というものがある。さて、本題のチャンポンについて話を戻すと、まず“長崎”はすぐに頭に浮かぶだろうが、後のふたつについては考え込んでしまう。ちなみに答えは“天草”と“小浜”なのであるが、地理的には長崎市を核とし、点状に食文化圏は形成されている。などと庶民に親しまれてきた料理を、小難しく論じてみても味気ないのだが、今回は雲仙市の小浜界隈のチャンポンにまつわる食の民俗学的発見の報告である。
 小浜は長崎県島原半島の西部に位置し、2005年に5つの町が合併してできた雲仙市内にある。ここは良質で豊富な湯量を誇る温泉が有名で、温泉街のあちこちから白い湯煙が湧き出ている。では、何故にチャンポンかというと、実はこの温泉と深い関わりがあるのだ。
 ここで少しウンチクである。そもそもチャンポンの発祥は長崎市内にある中華街で、明治期に“四海楼”で出されていた賄い料理が評判となり定番料理となったものだ。そうした流行りの味が、長崎市内から蒸気船に乗り訪れる湯治客によってもたらさという。大正期にはすっかり根付き、それから100年後の現代においては独自の発展を遂げてきたのだ。
 ここで衝撃的な事実を発見てしまった。それは、ここ小浜ではチャンポンは中華料理店ではなく、寿司屋で出されることを・・・。そしてチャンポンセットには餃子ではなく、鮨が堂々と添えられていたのだ。この微妙な取り合わせに戸惑いつつも、交互に食してみればあっさりしたスープに特に合わなくもないことが理解できたのである。
 今回の事例についてこうした現象を、食文化を通して民俗学的に考察すると以下のように結論づけることができる。「既成の価値観にとらわれず、新たな創造の下に食の文化は豊かを遂げていく」
 しかしながら今どきの若者らの、何でもコラボレーションしてしまう味覚には未だに理解が追いつけない。例えばお茶漬けかわりにご飯にコーラをドバドバとか、生クーリームのドレッシングサラダ等々、聞いただけでも体は拒絶反応を起こしてしまいそうだ。


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タコ、イカ、エビ、鰺、ハマチの並んだチャンポンセット これで1080円でした


おまけ

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小浜温泉でオバマ大統領に出会った

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海のみえる温泉はしょっぱい

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スーパーで買ってきた卵と野菜を勝手に蒸せる

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南瓜とジャガイモの蒸しあがり・・・30分待った

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梅雨の中休みに出会えた夕陽

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そしていつまでも眺めていた
頂きもので酒の肴が賄える嬉しい状況が続いている。故郷からのトマトはまだまだ冷蔵庫で順番を待っているが、これに加えいま長崎県で発掘をしている関係で、手伝って頂いてる地元の方々がいろんなものを持ってきてくれる。レオパレスで自炊しているのを知って、不憫に感じたのだろうか。兎にも角にもお情けありがとうございます。
 朝採れの胡瓜は、さっそく酢に漬けてピクルスにした。南瓜はダシ醤油と砂糖で甘辛く煮込めば、ホクホクした美味さが口の中に広がる。この前はイカの刺身もあった。これもまた格別で、なんとも言えない甘みが舌をとろかせる。そうそう、天然ウナギを甘辛く煮てきたのを貰ったこともあった。肉質がしっかりとしまり、中国産養殖の情けないフニャフニャ感とは全く違う。
 やはり九州の自然は豊かで、山あり海ありの懐が深いなどと安心する。そして情も厚い。同じ九州人として嬉しいかぎりだが、とにかく皆様ありがとうございます。そしてごちそうさまでした。

平成24年7月4日のダレヤメ
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 ようやく晴れ間がのぞいたかと思えば、いきなり大粒の雨が叩きつける。まるで猫の眼のような目まぐるしさの連日である。梅雨だからしかたないのだろうが、これでは全く仕事にならない。「考古学者を殺すには刃物はいらぬ、三日雨がふればいい」とその昔誰かがいってたが、死ぬまではないにしろ気を揉むことが多い。気分転換に休日は釣りでもと計画すれば、釣りざおを手にドアを出た途端にパラパラと雨が落ち始める。
 まったく・・・、ならば温泉にでも行こうと近くの嬉野温泉まで足を延ばすことにした。ここは日本三大美肌の湯として有名で、ぬめりとした湯肌がとても心地よい。後の二つは島根の斐乃上温泉と、栃木の喜連川温泉であるらしいが、三大とか奇数でくくる表現が多いように思われる。そこで湯船につかり他に何があるか考えてみた。
 景勝地では“富士五湖”、“阿蘇五岳”。セリ・ナズナ・ゴギョウ・ハコベラ・ホトケノザ・スズナ・スズシロとくれば“春の七草”である。五目御飯なら、具がいっぱい入っているという意味がある。似たような表現では千葉の九十九里浜、長崎の九十九島もそうだ。 
 人生の節目としても冠婚葬祭では“初七日”、“四十九日”。その後も“一周忌”、“三回忌”、“七回忌”、“十三回忌”、“十七回忌”、“二十三回忌”と、どこまでも割り切れない数字が続く。通過儀礼でも産まれてから名前がつくまでの“お七夜”、幼児期の“七五三”などなどあげれば枚挙がない。もちろん二十歳の“成人式”や六十歳を向かえてからの“還暦”もあるが、やはり奇数の方が圧倒的に多いような気がする。
 しかしどうしてこうも奇数が好まれるのだろうか。そこには日本人が数に抱く、独特の観念が垣間見られる。その納得できそうな答えが見つかりそうにないままに、体は美顔を通り越しふやけていくのである。

嬉野温泉「元湯温泉」 佐賀県嬉野市
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 田舎から真っ赤に熟したトマトが送られてきた。実家の裏にある小さな畑で採れた、不揃いで不格好な形のものが、段ボール箱いっぱい綺麗に並んでいた。父が公務員を退職してから本格的に始めた、なんちゃって農業の産物だが、、無農薬で手間暇のかかったものだ。確かに見かけは悪いが、瑞々しく野菜本来の香りの豊かな味わいは、スーパーで手にするものとは全く異なる。
 ということで、さっそく冷蔵庫で冷やすと、それにパラパラと塩を振りかけたものにがぶりつく。ほのかに酸っぱく、独特の甘みが口の中いっぱいに広がる。それを焼酎の肴にすれば、これからの鹿児島の台風シーズンが思いやられる。


2012年7月1日のダレヤメ

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