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2012年7月22日のダレヤメ
今宵の主役は鯨の大和煮

 日曜なので嬉野温泉でゆっくりしようと思ったら、途中の東彼杵で足が止まってしまった。ここは大村湾を目の前に眺められる、江戸時代から続く鯨の水揚地として賑わった。現在では国際条約で捕鯨は全面禁止になっているが、それでも調査用に捕獲されたものが商品として並ぶ。しかしながら、ここに水揚げはされることはなくなっが、それでも地元の人には食文化として根付き、今日まで細々と息づいてきた名残りなのだ。
 種類は酢味噌で食す“さらし鯨”から、野菜と煮込む“塩クジラ”、果ては酢醤油につけて味わう“サエズリ”と品数は豊富である。ちなみに“サエズリ”とは舌の部位を指すもので、なんとも親しみがこめられた呼称である。それは日本人がいかに鯨を愛おしく思い、そして付き合ってきたかを物語るようでもある。
 そこで本日のダレヤメにと、惣菜として売られていた大和煮を買い求めることにした。こうなるともう温泉どころの話でない。車は仮の苫屋へと急遽道をば引き返すと、頭の中は遥か懐かしき味わいを手繰り寄せるばかりである。
 
 さて、シャワーもそこそこに、バタバタとささやかな宴の準備をはじめる。途中の“道の駅”で買った茗荷を、さっと湯通して刻む。茹でた落花生も見つけた。これなど故郷の鹿児島ではおやつ代わりよく食べたもので、大人にとってはビールのつまみには欠かせないものなのだ。主役の鯨はすでに調理されているので、これは電子レンジで温めなおせば終わりである。
 久しぶりの鯨は、予想していたほどの生臭さんはなかった。そう言えば小学校の給食に、鯨肉はよく出たものである。その頃はまだ牛や豚など四足の動物は高値で、代用として鯨肉が使われていた。調理方はといえば竜田揚げにしたものを、ジャガイモと一緒に炒め合わせただけのものである。あの頃は鯨肉独特の臭みが、どうも子供らには不評であった。
 しかしこの歳になると、あの味覚が妙に懐かしく気になり出すのである。簡単に手に入らなくなったものへの憧憬もあるだろうが、いつの日かもう一度味わっておきたい衝動に駆られる。あの硬く筋張り、そして臭みのある竜田揚げをである。

 そこでだ。えんどう豆かさやいんげんか知らんが、“鯨は利口な動物”だと陳腐な論理を振りかざし、それを食べる民族を蛮視するのには閉口する。祖先から受け継がれてきた食文化を、一方的に否定しようとするのは欧米諸国の偏見は許せない。それに繰り返し行われるヒステリックな妨害活動も茶番である。同じ命である牛や豚は美味いと躊躇なく食べるくいせに、鯨は駄目だという本質的な議論を抜きにした感情だけが先行してしまうのは傲慢さ故なのか。
 そこまで主張するなら動物は一切食べず、菜食主義者になるぐらいの覚悟をもった生きかたをしてみせろ。そうだ、お前らはグリンピースでも喰っておれ。俺は鯨を食べるぞ。来週もそのまた来週も鯨肉を買いに行き、憧れの竜田揚げを作ってみせる。


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町中に“くじら”の文字はあふれている


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道の駅でも・・・・・・

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国道34号線沿いにも


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このコーナーでは、地元の人も必ず足をとめていた 
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