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 天気予報では台風が徐々に近づきつつあることを伝えてる。窓の外にはその気配はまだ感じられず、薄曇の肌寒い風の中に掘り返されたばかりの地面が顔をのぞかせる。
 私は歴史に関わることを生業としている。土の中に永年眠り続けていた遺構や遺物を掘りだし、彼らに何かを語らせるのが仕事だ。

 過去の構築物やモノは案外に饒舌である。そして嘘をつかない。往時のありのままの様子を懸命に伝えようとしてくれる。しかし聞き手であるこちら側の方が、どうも感度がいまひとつなようで隙間のピースをうまく埋められないでいる。
 それでもより多くの証人(遺構・遺物)の話を集め、文献史料に見いだせなかった過去の出来事を繋ぎあわていく。

 ところで文字はよく嘘をつく。そして都合のいいことだけを語りたがる。それも勝者の側の論理で、いかにその人物が素晴らしく正当性があるかをだ。
 だから敗者の歴史は常に日陰に押し込められがちで、名すら残せぬ大多数の人々の声などは、行間の隙間に深く埋もれてしまっている。
 そのためにも文字とモノの両者の話を突き合わせることで、何が真実であるかを検証せなばならない。

 この歴史なるものについてだが、現在の教育現場でどのように教えられているのだろうかと考えることがある。やはり今も受験のための丸暗記で、詰め込み方式と相変わらずなのであろうか。それも時間の都合で近代以降は切り捨てられて当然なるものなのであるのか。
 
 さて、中国や韓国の“反日教育”がもたらした一連の過激な出来事は、ニュースとして連日の如く取り上げられ、それを嫌がをにも眼にせざるを得ない。今や領土問題は日本帝国の支配時代の屈辱的であった感情論にすり替えられ、最終的には“反日”の歴史教育まで要因のひとつとして挙げられている。

 先日、ある討論番組でアグネスチャンが、中国の歴史教育は日本側が指摘するように、特に反日教育を意識したものでないと発言していた。そして事実を事実として伝えているだけで、日本だけが不都合な歴史を誤魔化していると反論していた。それに対して周りの中国人タレントも、一斉にそうだと騒いだ。
 更にそうした真実を伝えない教育は、世界中で日本だけだとも言い放った。

 来日したての頃のあの可愛らしいかったかつてのアイドルが、あれからどこか嫌らしく歪んでみえて仕方ない。しかし私は世界中の教科書を見比べたこともない。果たして彼女が言うように日本だけが、自国にとって都合の良い内容の教科書を使っているのだろうか。ふと考えもさせられた。
 しかしながら思想や言論が保障されている日本において、そんなことがあろうはずがない。だが誤魔化しはないとしても、摩擦を避けるために曖昧にしておきたい雰囲気はあったのかも知れない。

 とにかくこれまでのような受験のための歴史教育では、今後も増々とグローバル化が進む国際社会において、とても日本人としてのアイデインティティーなど支えきれるはずがない。歴史を正しく理解するということは、人類が未来へ進むための大切な海路を照らし続ける灯を得ることに他ならない。

 ちなみに領有権を主張する関係各国は、様々な史料を埃のかぶった棚の奥から持ち出して、いかに過去から自国領として認識してきたかを訴えている。だが史料は時として嘘をつく。捏造だってされる。ならば島に刻まれた遺構をみれば一目瞭然のはずだ。

 韓国はこうした構築物を上塗りするかのように、次々に新たな施設を建てて止まない。中国は軍事力と経済的制裁をちらつかせ、無茶苦茶な論理展開でごり押ししてくる。
 果ては琉球は古来より朝貢してきた中国の属国だと、真顔で信じてる一部の軍部もいるというではないか。ならばあの鎌倉時代の元寇で、甚大な被害を蒙った我が国の歴史はどうしてくれるのかと、激昂してみても埒がないのである。

 なんだかつい硬い話になってしまったが、「歴史を学ぶということは無味な知識を詰め込むことではなく、考える知恵を養うことである」と言うことで終わりにしたい。
 
 
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