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 今年の福を呼び込む方角は南南東だそうだ。
 
 しかしこれほど恵方巻文化が日本の隅々まで、しかも短期間で浸透するとは誰が予測し得たであろうか。
 これまで節分の日には、豆まきするのがあたりまえであった。
 それが丸々一本太巻を、その年の定められたある方角を向き、食べ終わるまで一言も喋らず黙々と食べる行為となるとやはり奇妙である。
 いやそれ以上に滑稽である。
 想像してみるがいい。
 お爺ちゃんお婆ちゃんから、お父さんお母さん、それにその子供ら一家全員が、16分割に細かく指定された方角を寸分違えず向き、両手でおごそかに太巻を抱えモグモグと懸命に頬張る姿を・・・
 ところでこうした風習は元々関西圏にあったのだが、ここ数年ほどで全国的に浸透しつつある。

 そういえばつい先日のことであった。
 昼食をとる時間がなく車を走らせていた時に、途中のスーパーに立ち寄り惣菜コーナーに並んでいる巻ずしを手にした。
 これならば片手で食べながら、運転できると思ってのことである。
 さっそく中から取り出し、ひと掴みするとこれが一本の長いままなのだ。
 「まったく、切り忘れて」などと面倒に思いつつも、お腹が空いていたので、何も考えず食べにくいのを無理しながら口に放り込み先を急いだ。
 今思えば、あれは恵方巻として売っていたものであったのだ。

 ところで恵方巻なるものを初めて知ったのは、もう十数年ほど前になるであろうか。
 あるテレビのバラエティー番組で、関西出身の女優が恵方巻のことを熱く語っていたことがあった。
 それを見た時には冗談なのだろうと、素直に信じられずにいたのだが。
 さて、こうした風習についての起源は、今ここで小難しいことをゴチャゴチャ述べるより、ちゃんとした資料がありそうなのであえて触れないでおく。
 
 しかし、これほどまで全国的に普及してしまった背景については、私見をまじえ少しばかり考察しておかねばならない。
 さて、この節分の後に間もなくやってくるバレンタインである。
 これについてはもはや周知の事実であるが、菓子業界の意図が少なからずも介在していた。
 それと同じく恵方巻にも“日本太巻普及協会”の陰謀説を、どうしても考えずにはいられないのである。
 
 えっ、そんな団体など聞いたことない・・・
 となれば怪しいのはコンビニである。
 これほどまで普遍的に、かつ急速に浸透させるには、やはり飽和状態に店舗数を増やし続けるコンビニ文化を無視することはできない。
 それが節分と言うごく限られた期間において、日頃は目立たず控え目な巻ずしが花形として注目を浴び、ここぞとばかりに売り上げに大きく貢献できる機会となれば、こうした経済効果に便乗しない手はないはずだ。
 それがコンビニという全国展開するチェーン店において、ある一定の成果があげられるとなれば、あとはその地域のスーパーも真似して拡散するのはもはや時間の問題と言ってもよいだろう。
 こうして恵方巻は、新たな食文化的行事として市民権を得てきたと推察される。
 そんなどうでもいいようなことを真剣に考えてみるのも、民俗学が人の生活と共に変化し続けている証に他ならないからである。
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