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2014.05.17 小判草



    風に訊く 幾両なる 小判草

  小判草はその名の通り
  小判の形をした小さな実が幾つも細い茎先からぶら下がる
  それらが風に右へ左にゆらゆら靡く
  するとサララと哀しいほど中身の無い乾いた音で騒ぐ
  いったいぜんたいここに何両分ほどがあるのやら


  ※ 余談ながらつい可笑しなことを思いついてしまう
   小判草は草鞋草の方が本当は似合うような気がする
   ついでに小判繋がりで、小判鮫も吸盤鮫でもよさそうな気がしてきた


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2014.05.15 藤の彩
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雨薫り 雫に映ゆる 藤の彩

にわか雨の後に広がる青空
銀の雫をたたえた藤の花もまた良いもの
鈴なりに咲いたひとつひとつの花が、五月の風に揺れるたび音を奏でゆく
玉粒のひとつひとつにも紫の色香が滲み出て、更に凛々と涼しげな音を奏でゆく

2014.05.13 木苺


   木苺を 頬ばり眺む 遠き日々

 木苺が真赤な実をつけ始めた
 つぶつぶの丸く小さな粒
 思わずちぎりひとつまみ頬ばってみれば
 舌先にはざらついた食感と土臭い香りが広がる
 ランドセル背負い帰り道、道端で見つけては得意げに口に放り込む
 あの懐かしい残渣が広がった
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 通勤途中の庭先にさくらんぼが瑞々しい実をつけているのを見つけた。
 色は黄色くまだ熟してはいない。
 そう言えばと「黄色いサクランボ」という歌があったなと思い出し、つい口ずさんでしまいたくなる。

     ♬ つまんでごらんよ ワン
       しゃぶってごらんよ ツー
      甘くてしぶいよ スリー
       ワン・ツー・スリー ウーン
      ほらほら黄色い サクランボ 🎶
  てな具合に意味深なサビの部分だけが、やたらとエンドレスで頭の中を駆け巡る。

 この歌謡曲は70年代に流行したもので、当時私は無垢な小学生のひとりに過ぎなかった。
 そんな或る時テレビを見ていたら、ブラウン管越しに丈の短いスカート姿の女の子五人が現れ、いきなりゴーゴーダンスを始めたかと思いきや、お色気たっぷりに あの“黄色いサクランボ”を歌い始めたのだ。
 すると踊るたびにパンツが見えるのではないかと、子供心ながらに随分とハラハラドキドキさせられた。

 あの時のショックは大変なものであった。
 だからこそ今もこうして記憶の彼方で、鮮明にとどまっているのかも知れない。
 そうそうあの歌い出だしの部分もかなりなものである。

     ♪若い娘はウッフン お色気ありそでウッフン
      なさそでアッハン ありそでアッハン♫

 この“ウッフ〜ン”と“アッハ〜ン”の色っぽさがまた子供達には何故か受け、友だちとよく真似てはふざけあったものだ。
 すると当然ながら親は眉をひそめ、あの歌が聞こえようものならばいきなりチャンネルを回す(当時はダイヤル式)暴挙に出るという、初の不測の事態を目の当たりにするのである。

 ところでこのアイドルのグループ名はゴールデンハーフと呼ばれ、その名の通り全員が西洋人とのハーフであった。
 なので日本人ばなれしたスラリと伸びた手脚と、目鼻立ちのはっきりした顔だちはもて囃され、瞬く間にお茶の間の人気を集めることとなった。
 それにお化け番組と称され視聴率の高かった、あのドリフターズの番組にもレギュラー出演すると、さらにPTAは目をつりあげ低俗番組を見させない運動を必死に展開し始める始末である。

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 どうもこれは全国的な現象のようで、私の父親など小学校に勤めていたおかげで、職員会議において「教育上ふさわしくないものは子供にみせない!」という決議を忠実に、そして厳格に守り通すことになった。
 だから周りの同級生はこうした決まりが緩やかだったのに対し、私だけ翌日の話題についてはいけず随分と悔しい思いをしたものである。
 しかしこうした思い出も今となっては懐かしく、ふとしたきっかけで様々な出来事がフラッシュバックとして呼び起こされるのは、やはり歳を重ねたからなのかとひとり苦笑いなどしてみたりする。

 当時の各家庭ではテレビは一台しかないのが普通で、その前で家族全員が食卓を囲んでいた幼い頃の記憶。
 やがて思春期をむかえ息苦しさばかりが募るようになり、高校を卒業し故郷を後にした時のたとえようのない解放感など、心の奥底にはまだまだだ焼き付けられたままのものが多々眠っている。
 それらのひとつひとつが人生というアルバムに綴られ、時折顔をのぞかせては心の襞をこそばゆく這い回る。
 そうしたことをたまたま思い起こさせたのが、今朝見つけたあの黄色いサクランボのせいに他ならない。
2014.05.07 くらやみ祭り
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 くらやみ祭りには決して婦女子は行ってはいけないと地元の友人に聞いたことがある。
 もしそれが夜であればなおさら、男に襲わるのも覚悟せねばならない。
 男神の神輿が女神の元へと通う渡御の瞬間。
 その子の刻に境内の灯りはいっせいに消え失せ暗闇となる。
 男女の神の年に一度の秘めたる媾合の瞬間が訪れる。

 それは人とて同じで、この時だけはお互いに見知らぬ者であっても一夜の悦楽を求め合うことが赦される。
 日本の神は寛容で性に対しておおらかである。
 それは天照大神が岩屋に隠れた時も、アメノウズメがエロチックな踊りで集まった神々を笑わせることで闇が払われる話もあるぐらいだ。
 いやいや他にもあげれば枚挙がない。

 司馬遼太郎の作品に新撰組を題材とした作品が幾つかある。
 その中でも土方歳三に人物像を絞った『燃えよ剣』に、くらやみ祭りのこうした場面が出てくる。
 そこで近くに居合わせた宮司の娘と情を交わすのであるが、こうなると昔友人の語ったことはまんざら嘘ではなさそうである。
 しかし歳三が生きた幕末ならともかく、現代であれば立派な犯罪となるのでご用心のほどを。 (^◇^;)
 
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2014.05.03 山吹の里


 「七重八重花は咲けども山吹の実の一つだに無きぞ悲しき」
 この歌は醍醐天皇の皇子である中務卿兼明親王の作と伝えられてます。
 しかしどちらかと言えば、太田道灌にまつわる逸話として知る人が多いのではないでしょうか。

 私は仕事がら日本全国に足を運ぶ機会が多く、それこそ名すら知ることもなかった小さな村から、地方の中核都市までと行脚の日々が続く。
 その中でも初めて訪れる土地は妙に楽しみなもので、まるで子供の頃の遠足のように胸をときめかせてしまうものだ。
 そこでの出会いや発見もまた大切な思い出となり、こうしたことを通して学んだものは何よりの財産として刻まれてきた。

 今は神奈川県の伊勢原に通う毎日だ。
 自宅を早朝に出て一時間半の八時前に目的の場所へとたどり着く。
 途中電車を2回乗り継ぎ、更に中高年の登山客に混じりバスに揺られゆく。
 そこは山裾に広がる小さな集落で、この季節ならではの色とりどりの春の花々が目を楽しませてくれる。

 バスは本数が少ないのでどうしても早い便に乗るしか都合がつかず、おかげで余った時間は散策がてらブラブラしながら現場へと向かうのが新たな日課となった。
 肩からカメラをぶら下げて里道や庭先、神社の境内と咲き並ぶ花を撮って歩く。
これだけでも眠い目をこすり、早起きした甲斐があると言うものである。

 さて、本題の道灌の話をしよう。
 冒頭の歌は道灌が鷹狩の帰りにわか雨にあい、近くの農家で蓑を借りようとした際のこと。
 家の中から出てきたのはひとりの娘で、ただ黙って山吹の花を差し出した。
 すると道灌はこの思わぬ非礼に腹ただしくなり、雨の降り注ぐのも構わずその場を後にした。

 そうした出来事を或る家臣にしたところ、あの娘の胸の思いをこう諭してくれたのである。
 「私の家は貧しく、生憎とお貸し出来る蓑などありません。ですのでどうかこの歌に免じて恥をうううお許しください」
 つまり歌の中に出てくる“実の”を“蓑”にかけていたのだ。

 それからの道灌は、己の無知を恥じて学問に勤しみ、死後も文武両道の鑑として崇められるまでに至った。
 戦をさせれば八面六臂の活躍で敵を全く寄せつけず。
 また和歌を詠ませれば、宮中の雅人にも劣らぬほどであったと伝えられる。
 その一端を垣間見るような、奥ゆかしく洒落た逸話として、先の歌と道灌の話は語り継がれてきた。

 しかし世の中とは何が因果するか不可思議なもの。
 時にしてあり余る才気は逆に厄を招くことも多々あるものだ。
 道灌のそうした非凡なるものは怖れられ、時には疎まれ非業の死を迎えねばならい運命を用意していた。
 それは関東管領であり主君の上杉家に謀反のあり猜疑をかけられ、館に誘い出され油断していたところを襲われるという無念の結末である。

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 少しばかり話が長くなってしまったが、私が乗り降りするバス停は“道灌塚前”である。
 そう、この辺りに道灌が刃の露と消えた館跡の比定地があり、毎朝散策する途中にその墓も実在する。
 そうしたことを物語るかのように、いま発掘している遺跡から出土する遺物に、当時高価で権力者にしか持ち得ない貿易陶磁器の小さな破片がある。
 こんな何もなさそうな静かな土地にも思わぬ歴史が残され、それに不意に出逢えたことの驚きは鮮明なる記憶として、アルコール漬けのやや劣化しつつあるこの脳細胞にまたひとつ刻まれることになった。
 それにこの辺りでは山吹の可愛らしい黄色い花もよく見かけるが、これも我が心象風景として永くとどまることになるはずである。

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