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蜀咏悄_convert_20130317151542
ICHI  大村市


 表札ほどの小さな看板に控え目に屋号が書かれているだけで、暖簾も提灯もないラーメン屋がある。 
 いや、ラーメン屋だと誰かに教えてもらわねば、何を生業としているのかも分からないくらいだ。
 以前から気にはなっていたので、近くを通る度に外側から様子を覗いたりもするのだが、店内の灯りは暗く、人のいる気配すらない。
 まるでひっそりと目立たぬように、その店は駅前にある。

 それでもよく観察すれば店の軒先には小さな黒板が立てかけてあり、たまに薄いチョークで「open」と申し訳なさそうに書かれていることがある。
 その時だけは民家風の引戸の向こう側から、薄く明かりが零れでている。
 どうやら気まぐれな店主らしい。

 とある日曜日のことである。
 さほどお腹は空いていなかったのだが、どういう店なの常々興味があったので、つい引戸に手をかけてしまった。
 戸はガラガラと引っかかりつつ、鈍い音をたて開いた。
 するとその音を聞きつけて、奥の方から少女のあどけなさを残した、可愛らしい女性が水の入ったグラスを片手に笑顔でやって来た。
 何気なく店内を見渡せば、落ちついた雰囲気でどうみてもここがラーメン屋とは思えない。
 なんだか喫茶店みたいで、カウンター席には単行本が綺麗に並べられている。
 そのほとんどが村上春樹と村上龍であった。

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 そういえば私がまだ20代の頃、ダブル村上が新進気鋭の作家として注目されはじめた頃には、よく読んだものだ。
 特に羊男をめぐる3部作は不可思議な世界観で、理解できそうでなさそうな表現しようもない倒錯さに、知らず知らず引き込まれてしまったのを思い出す。
 気づけば自分の座るテーブル脇にはマガジンハウスの月刊誌である『BRUTUS』が置かれてある。
 「まだ創刊していたんだ・・・」
 こうなると気分は一気に80年代にスリップである。
 
 注文をとりに,今度は店主がやってきた。
 黒いニットの帽子にTシャツとジーンズ姿の、ギターでも持たせたら今にもブルースを歌いだしそうな、同年代の長身で痩せた男であった。
 
 お薦めの“黒ゴマ豚骨ラーメン”を注文し、更に店の中を見まわす。
 心地よいライトジャズが流れ、奥の方で麺を湯切りする音がリズムに合わせるかのように聞こえてくる。
 あのやたらと威勢の良いラーメン屋とは全く異なる空間がある。

 例えばだ。
 店員のひとりが「いらっしゃいませ」と大声をあげれば、他の店員もそこにいる人数だけ同じようにそれに応え連呼される。
 これではうるさくてしょうがない。
 “高菜ラーメン”など注文しようものなら、まるで伝言ゲームのようにカウンター奥にいる作り手の店員まで声が飛び交う。
 「高菜ラーメン1丁!」
 「はい、高菜1チョーウッ」てな具合にである。
 狭い店内の耳元でやられるのだから、たまったものでない。

 豚骨ラーメンの麺はストレートの細麺で、茹でる時間は醤油ラーメンのようなちぢれ麺より極めて短い。
 それでも九州のほとんどのラーメン屋では柔麺・普通麵・硬麺と指定できる。
 硬麺の上には上があり、バリ硬、さらにハリガネと呼ばれるものも存在する。
 「それって生でしょう」などと言いたくもなるが、事実あるのだから仕方ない。
 ちなみに私は硬麺でちょうどいい。

 話がそれてしまったが、注文した“黒ゴマ豚骨”がなかなか出てこない。
 麺の硬さは指定しなかったが、豚骨ラーメンなのでさほど時間がかかるはずなどない。
 遅い午後の昼下がり、客は私ひとりだけ。
 BGMは既に3曲目が終わろうとしている。
 店の奥でカタコトと、どんぶりが小さくぶつかり合う音がした。

 それから間もなく、先ほどの女性がニコニコと、これまた嬉しそうにラーメンを運んできた。
 正面にラーメンどんぶりがすっと置かれ、その左脇には黒ゴマがのっかった蓮華が添えられた。
 「スープに溶かして召しあがってください」
 まずはそのままスープを味わってみる。
 そして次に黒ゴマを溶かせば、一粒ではなく、一杯で二度美味しいグリコのキャラメル方式である。

 味はまったり濃厚スープにしてはあっさりで、臭みもなく食べやすい。
 欲を言えばクセがないというか、コクなるものが感じられなかった点であろうか。
 などとグルメレポーターみたいなコメントをしてみたくもなる。
 しかしゆっくりとした時間の中で、こうしてラーメンを楽しめたのは予想外で得した気分であった。
 やたら威勢のいい体育会系ラーメン屋がある一方で、こうした文化系の店があるのも面白いものだが、さすがに腰をすえて小説など読もうなどとはいきそうもない。

 そうそう、村上春樹といえば、作品を読んだ後に必ずパスタとビールが欲しくなるのはどうしてだろう。
 それは食欲をそそるとはまた異なる、上手くは言い表せないが刷り込み的な、心の隙間にすっとはいってくる何かがあるのだ。
 それをラーメンでやってくれたら面白いだろうなと、食後の余韻にひたりながらひとりもの思いにふけるのである。
 
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