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 前回の春分の日の話は随分と硬い内容になってしまったので、ここは軟らかなバージョンも書いておかねばと思い直し、彼岸との関連性についても少し紹介してみたいのであります。
 
 さて、「暑さ寒さも彼岸まで」とはよく言ったもので、桜前線が話題となるのもこの辺りからではないでしょうか。
 しかし今年の開花宣言は「寝耳に水」とはこのことで、例年よりも早く、そしていきなりで心の準備もままならぬまま近くの城跡に出かけてみたしだいです。
 ですが、まだかまだかと待ち焦がれる間合いなるものがなければ、なんだか楽しみは半減してしまいそうで損をした気分でした。
 まあ、つべこべ言っても咲いたものは仕方ないのですが、やはりこの季節は清々しく良いものなのです。

 ところで春分の日は彼岸の日でもあります。
 それぞれの家では墓参りなどして、先祖の供養をすることになります。
 彼岸は春分の日である中日をはさみ、彼岸の入りの前3日間と彼岸の明けの後3日間で、合わせて7日間を指します。
 太陽がほぼ真東から昇り真西へ沈んでいくという同じ軌道を通る秋分も同じことで、7日間がこうして法会にあてられることになるのです。

 その彼岸の語源ですが、仏教でいうところの“波羅密多”を、古代中国では“到彼岸”と訳すことに由来するそうです。
 つまり私達の住む煩悩の世界を“此岸”とするなら、極楽浄土のあの世が“彼岸”となる訳です。
 このことから彼岸はあの世の祖先を思い、墓参りをすることになるのですね。

 それがちょうどこの春分のこの時期に、仏教の彼岸会という行事が催されていたことから、天文学的事象と宗教的行事が重なり、やがて定着していったものと考えられてます。
 なお、最初の彼岸会は806年に、平城天皇が霊を鎮めるために行ったという記録が残されています。
 さらに仏教では涅槃の世界は西方にあると信じられていたこともあり、法然や親鸞などが唱えた浄土思想が盛んになると、春分と彼岸の結びつきはより強くなっていったものと考えられます。

 ここで彼岸になくてはならない供物があります。
 それは“ぼた餅”です。
 あの餡でもち米を、厚く包んだぼた餅です。
 甘党の人には嬉しい日ですよね。

 そのぼた餅は牡丹の花が咲く時期食すのでこうした名前が付けられたと言われてます。
 では、秋分はと言えば、萩の花の時期ですからおはぎとなります。
 ともに餡が用いられるといえあれていますが、その餡も春分がこし餡で、秋分は粒餡らしいのです。
 つまり収穫したての小豆は皮がやわらかいので粒のままでも大丈夫ですが、年を越したものはこし餡にしなければ硬くて食べれないからそうです。

 理に叶ったような話ですが、地方によってはまた異なる風習もあるように思われます。
 何故なら私は粒餡であろうがこし餡であろうが、餡に包まれたものはぼた餅で、きな粉をまぶしたものがおはぎだと教えられてきたからです。
 それに春分と秋分でぼた餅とおはぎと呼び分けることも、つい最近になり知りました。
 また私の故郷である鹿児島では、米粉から作った団子に餡をかけたものを供えます。
 他にもいなり寿司の地方もあるらしいのです。

 ともあれ現代では加工技術も進み、小豆の皮の硬さなど気にするところではないでしょうが、こうした話を聞くと先人の生活の知恵なるもに触れられたようで楽しいものです。
 ちなみに「棚からぼた餅」という諺は、いかに小豆が贅沢品であったかが窺い知れます。
 大豆が原料のきな粉では、「棚からおはぎ」では、あまり有難味が伝わってきませんよね。

 最後に軟らかな話をもうひとつ。
 ぼた餅の語源は、サンスクリット語でbhukta(飯)とmirdu(軟らかい)にあるらしく、どう発音したらよいやら分からないので何とも言えませんが・・・
 それでもなんとか無理して読んでみると、“ブッタムーデュが“ブタムーチュ”、そして“ボタモーチ”と聞こえてきそうではありませんか。
 ねっ!


  
 
  

  
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