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2013.06.23 作兵のこと
久世丹後守・convert_20130623103201

 ちょうど原稿が一段落したので、作兵が歩いた長崎をさるいてみたくなった。
 少し調べたい事もあり歴史博物館に足を運べば、久世丹後守殿の御裁きがまさに始まろ
うとしているではないか。
 何でも本日の吟味は唐人屋敷に穴を掘り、抜け荷をした罪であると言う。
 これが実際の犯科帳にもとづき演じられているので、また興味深々、面白い。
 
 さて作兵もこの奉行所で拷問を受け瀕死の重傷を負うのであるが、その原因をつくって
しまったのが遠縁の理左衛門である。
 理左衛門は蓆に寝かされた作兵を見つけると、急ぎ大八車に乗せ自宅へと連れ帰る。
 その道筋を確かめながら歩いてみる。
 すると高台にある奉行所から家のある油屋町に向かうには、長い下り坂を行かねばなら
ない。
 そうなると大八車の車輪は理左衛門の背中を否が応にも押し、小走りさせずにはいられない。
 走りながら心の中で、理左衛門は作兵に詫び続けなければならなかった。


油屋町_convert_20130623104226
 油屋町の裏通りは古い家々がひしめく、どこか懐かしさを感じさせる


 油屋町のすぐ隣には丸山町がある。
 江戸時代であれば江戸の吉原、京の島原と肩を並べるほどの賑いで、遊郭が所狭し
と軒を連ねると、そこかしこから遊女の嬌声や三線をつま弾く音が聞こえていたので
あろう。
 若い作兵はそんな雰囲気に気圧されながらも、あてもなくウロウロと歩き回るのである。

 
丸山_convert_20130623104032

検番_convert_20130623104340
 ここは戦後も花町として栄えたが、昭和33年の売春防止法が制定されると、そ
の面影は僅かなものである
 


 そんな作兵の懐具合は寂しいもので、それは今の私も全く同じである。
 横目で花月を眺めつつ、一生に一度くらいはこんな料亭で芸者を呼んで、豪勢に酒を
呑みたいものだとつくづく思う。


花月・convert_20130623103937
 坂本龍馬や率いた亀山社中の面々も、よく丸山で遊んだはずである
 確か英国艦イカルスの水夫2名殺害されのもこの辺りで、龍馬達に嫌疑がかけられた


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