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遠藤周作の代表作である『沈黙』の舞台となった長崎市外海町を訪れる。この日は近づきつつある台風の影響もあり、ポツリポツリの雨がフロントガラスを濡らす生憎の天気であった。本来ならばここから望む角力灘は絶景で、五島やその他の小さな島々が碧い海原に浮かびあがっているはずだ。

 小さな岬の突端にまだ真新しい“遠藤周作文学館”が建ち、そこの展示を観て回ることにした。私が遠藤周作を初めて知ったのは本ではなく、ブラウン管越しに美味そうにインスタントコーヒーを飲む姿であったと思う。そう、あのキャッチコーピーで有名な、「違いのわかる男」シリーズのひとりとして出演していたからだ。

 それから随分として、何かのきっかけで『沈黙』のさわりを読んだことがあった。その時は重苦しく、悲壮感が漂う雰囲気が厭になり早々と放り出してしまった。それは大人になった今日でも心の奥底に刷り込まれ、他の作品をなかなか近づけることなく過ごしてきた。

 そうはいっても論文のイメージを膨らましたいという意味で、一度だけ小西行長を主人公にした作品を手にしたことがある。文禄・慶長の役を通して不仲な加藤清正との確執や、侍と商人の間で揺れ動く葛藤、そしてキリシタンとして意味もなく虐げられる異国の人々への情けに、常に悶々と悩み迷い続ける姿が、私には何故か苛立ち、拭いきれぬ不快感ばかりが募った。
 結局はその時も苦手な作家として、最後まで読み通すのは困難であった。だが、ここの文学館のパネルには、作品の一部が抜粋されそれに触れるうちに、もう一度読み直してみようとのささやかな抵抗が芽生えたようだ。

 人間であれば誰しもが抱えているはずの心の内なる迷いなど、ともすれば若さのエネルギーなるものにかかれば否定的な態度で弾き返そうとするものだ。どうやら来週でひとつ齢を重ねるせいもあるのか、私の内なるところで何らしかの化学変化にも似たものが生じているのかも知れない。それを証明してみるためにも、売店で『沈黙』を買い求めずにはいられなかった。
 そう、“違いのわかる男”の歳にいよいよ近づきつつあるのだ。
 たぶん・・・
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