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2014.05.17 小判草



    風に訊く 幾両なる 小判草

  小判草はその名の通り
  小判の形をした小さな実が幾つも細い茎先からぶら下がる
  それらが風に右へ左にゆらゆら靡く
  するとサララと哀しいほど中身の無い乾いた音で騒ぐ
  いったいぜんたいここに何両分ほどがあるのやら


  ※ 余談ながらつい可笑しなことを思いついてしまう
   小判草は草鞋草の方が本当は似合うような気がする
   ついでに小判繋がりで、小判鮫も吸盤鮫でもよさそうな気がしてきた


2014.05.15 藤の彩
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雨薫り 雫に映ゆる 藤の彩

にわか雨の後に広がる青空
銀の雫をたたえた藤の花もまた良いもの
鈴なりに咲いたひとつひとつの花が、五月の風に揺れるたび音を奏でゆく
玉粒のひとつひとつにも紫の色香が滲み出て、更に凛々と涼しげな音を奏でゆく

2014.05.13 木苺


   木苺を 頬ばり眺む 遠き日々

 木苺が真赤な実をつけ始めた
 つぶつぶの丸く小さな粒
 思わずちぎりひとつまみ頬ばってみれば
 舌先にはざらついた食感と土臭い香りが広がる
 ランドセル背負い帰り道、道端で見つけては得意げに口に放り込む
 あの懐かしい残渣が広がった
2014.04.26 藤棚仰ぎ



雨あがり 藤棚仰ぎ 白き雲

 さてもさても数日でこんなにも成長するものかと改めて驚かされる。
 ついこの間まで貧相な蔦が格子状に竹で組まれた天井に絡みついていたと思いきや、いつの間にか紫色した怪しい塊をつけ始めた。
 その獣の尖った鉤爪にも似たものは見る見る間に膨れあがり、やがて全身が鱗みたいなもので覆われたものへと姿を変えていくのに気づいたのは最近のこと。
 よく見ると鱗みたいなものはひとつひとつが小さな蕾であるこよが分かり、やがてそれらは鈴なりの房を形作った。
 藤だ!

 いつもは風にユラユラと心地よさそうに揺れている姿しか見たことがなく、こうした咲き始めが案外だったのにはささやかな感銘を受けた。
 今も藤はこの穀雨の中で更に成長をし続けている。
 或る雨あがりの早朝のこと、艶やかな紫一色に染まった藤棚を仰げば、その隙間の遥か向こう側に広がる青空にポッカリと白い雲が浮かんでいた。
2014.04.23 そろり歩まん
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 踏まぬよう そろり歩まん 名残り花

 首都圏ではちょうど八重桜が見頃を向かえている。
 この樹は花をつけている期間が長く、花弁が幾重にもありふくよかで、色も濃いピンク系で華やかな感じがする。
 これとは対称的で同じ桜の仲間でもソメイヨシノは随分違い、花弁は淡い桃色で、一週間ぐらいで舞い散ってしまう。
 そのせいか清楚で潔いイメージがある。

 むろん私達日本人は桜と言えばやはりソメイヨシノをまず頭に思い浮かぶであろう。
 しかしその歴史はまだ浅く、江戸時代に入り交配した新種なのだそうだ。
 話は少し逸れてしまうが、「サクラ」の語源には諸説があり、その中のひとつに「木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)」の物語がある。

 この神様は女性で名前の一部のサクヤが訛りサクラに変換したものと考えれている。
 また「サ」には稲作に関連する言葉が多く、サオトメやサナエなど接頭語として活用される。
 そして田の神様の古語でもあるらしい。
 それとクラはその神様が鎮座する場所を指し示し、稲作にまつわる神様に繋がるのだ。
 つまり水ぬるみ桜が咲きだすと間もなくして田植えが始まることを告げる、農耕民族にとっては身近な存在の樹だと言える。
 
 小難しい話はここまでにして、神様にまつわるからと言う訳ではないが、散った花弁でもそれを踏んで通るのはどこか気が引けるものである。
 ひと春の短い命の中で、これほど沢山の人々を楽しませてくれたのであるから。
 それが散ったばかりともなれば尚更のこと。
 だから面倒でも踏まぬよう歩く習慣が自然と身についていたのを、最近になり気づき可笑しむのである。

※ 前作の句で「咲くや」と詠んでいるのは、実は木花咲耶姫のことをかけてまして、今の話を頭の片隅に置いて再読して頂ければ、一粒で二度美味しくなるはずなのですが・・・ ^o^



2014.04.22 名残り花
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散り濡れて 咲くや白洲に 名残り花


 ひと雨ごとに若葉が繁り、より青さを増していくこの季節。
 今は満開の桜も散り色とりどりの草花が野や山、そして庭先で競い合うように咲きほころび我が目を充分に楽しませてくれる。

 さて、通勤途中に少しだけ遠回りをして小さな神社の境内を散策してみれば、参道脇には葉桜になった樹の下で沢山の花弁が、今年最後の名残を惜しむかのように散り濡れていた。

2014.04.18 破れ傘



 破れ傘 雨に打たれて 笑み漏るる


 一年弱の 肥前長崎から戻れば、さっそく今度は相模の山の麓にある調査現場へいそいそと・・・。
 その道すがら里山を毎朝歩いてゆけば、足元には小さな野の花々が優しく迎えてくれる。

 それらの艶やかな色彩や形が面白いので、つい図鑑を持ち出しては暇な時間に頁をめくってみたりする楽しみができた。
 するとその可愛らしい花からはとても想像も出来ない、可哀想な名前がつけられたものに目がとまる。
 その際たるものが「いぬふぐり」なのであるが、ちなみに漢字で書けば「犬陰嚢」となる。
 こうなるとかなり同情したくなるものだ。
 
 また「やぶれがさ」なるも面白いもので、芽吹いた頃の格好がまさにボロボロの使い古された傘そのものに、なるほどとひとり笑いを堪えずにはいられないのである。


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いぬふぐりは春の季語で句にはよく詠まれます